最近、ネガティブな発言を聞いたり、後ろ向きな発言を聞くことが一切無くなりました。
いや、つながらない世界というのを作り出してから、本当に面白い感じに前に進むようになっています。
ふと考えていた時に、去年のことを振り返ってみました
自分の悪口を言われているわけではないのに、漂う空気感がそうさせるのか、ボクまで気持ちがネガティブなほうに持っていかれてしまったのです。
つい
“人のこと言う前に自分の言動を見なおしてみたら?”
こんなテイストで、悪口、ネガティブ発言、スピリチュアルな珍紛漢紛なことを言っている人に対して、今度はボクが悪口を言っている状態が発生することがあるのです。
そうなってしまった時に思うこと。
“だめだだめだ・・・それじゃ、ボクも一緒じゃないか…(汗)”
こんな感じで、去年から考えを切り替えるようにしていたんです。
人の縁というのは、いかなる場面でも必然で何か意味があることだとよく言われます。
だからそんな時は、こんな感じで考えます
- 自分の気持ちをネガティブにさせたのはどのような部分なのか?
- その状況に遭遇した私はそこから何を学べるだろうか?
- 自分も同じようなことをしていないだろうか?
- 悪口、愚痴を言っている人達がどうしたらそういうことを言わなくて済むようになるか?
こんな風に考えて、グチグチ言っている人達に対しての不快感を別の形に変えて、自分の人生の糧にしているのです。ま、エネルギーに変えているというのでしょうか?
そのほかのシチュエーションでも、誰かにイライラさせられた時も同じように対処しています
- 店員さんにものすごく待たされる
- 電車で足をふまれる
- 歩きスマホをしている人に思いっきりぶつかられる
…などなど。
比較的温厚に見られがちだが、イラつくのは人より早いんです。
だからこそ、イライラは自分の中で解消するようにしていますし、実際できるようになりました。
イライラを表に出すことは、相手を威嚇したり、別の人に話して同情してもらえるという効果もあります。
ところがイライラを表に出されたほうの人達にも少なからず、ネガティブな感情が伝染するのです
故意にぶつかったわけじゃないのに怒鳴り散らされたら怖いし、会うといつも愚痴を言ってくる友人がいたら気持ちが重くなるでしょう。
そのような体験をしたら、自分も周りに強くあたってしまったり、他の人に愚痴を言いたくなってしまうかもしれません。
そうなってしまうと、伝染したイライラはどんどん広がってしまうのです。
実際やってみるとわかるのですが、こんな感じになるのではないでしょうか?
- イライラ体験を人に話す。その場で嫌な顔をして文句を言う
- 心のなかでとどめ、自分は何にイラっとしたのか考える
どちらのパターンでも「イライラした」という事実は消せていないのです。
むしろ、1.のようにイライラを表に出したほうが、記憶に残りやすく、思い出しイライラを発生させることもあるでしょう。
イライラというのは、自分の価値観・概念とズレる言動をした人間に出くわした時に発生するのです。
- 時間どおりに待ち合わせ場所に到着して当たり前→遅刻された。イラっ
- 注文した料理は提供されて当たり前→オーダー通ってなかった。イラっ
つまり、自分の期待していたことと異なる事態が発生した時に人はイライラするのです。
イライラしないための準備としては、「期待しない」ことが大事なんです。
以前のブログにも書きましたが、大反響でした。
ただどんなにポジティブに考えようとしていても、生きていれば、必ず色々起こるのです。
だから、ネガティブな感情にさせられたと思うような人との縁も必然だと捉えて考えてみると良いと思うのです。
さて、今日も人生を楽しんでいこう。
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