おはようございます。
ちょっと、今日は暗めな話題から。
最近、とてもお世話になった恩人が亡くなりました
とても元気な人で突然の死だったんで、言葉もでませんでした。
打ち合わせとかでは、周りにわからないようにはしていましたが、なかなか感情は穏やかではありません。
恩人孝行、いわゆる恩返しに関しては、5、6年前くらいから力を入れていたので、旅行に食事などなど、数えきれないくらい行っていたんですよね。
「会える時に会う」
「会いたい時に会う」
「誘いには断らない」
そう、将来後悔しないように沢山関わっていました
おかげで「全然会えなかった」とか「●●してあげればよかった」なんて後悔はないんです。
でも、悲しかったんですよね。
すごく、すごく、すごく…
人前で、感情出しまくりのボクが、心配されるほど涙が止まらないほど出ました。
まだ、気を抜くと涙が出てきます。
以前、祖父母を亡くした時に「後悔があるからこんなに悲しいんだ」と思っていたけれど、後悔と悲しみは全然別物だということをボクを親身に心配してくれた恩人が亡くなって初めて知ったのです。
むしろ、後悔しない人間付き合いのほうが、悲しみは深くて、後悔するくらいの人間関係のほうが悲しんだりしなくて済むんじゃないかとまで思ったぐらいです。
いなくなったことが悲しく感じない人間関係も違う意味で寂しい人生だと思っていたのです
こんな悲しい想いをするくらいなら、人と深く関わりたくないなんて気持ちにもなりましたけれど、そんな悲しい気持ちのまま生きてるほうがもったいない気がしてやめました。
あと、その人がいつかいなくなることよりも、自分がこの世からいなくなることも考えたんですね。
死んでも会いたい人に会いに行けるかもしれないけれど、少なくともボクに会いに来た人はいないのです。
たぶん、自分がこの世からいなくなるパターンでも会いたい人に会えなくなるんだろうと思います。
たとえ、生きてても縁ってのがあって、なかなか会えなくなったりもします。
だから、会いたい人に会いたいと思った時に会いに行くようにすることにしています
実際に、2022年早々に、いろいろな動きが出てきていて、本当に面白い展開になってきているなぁ…と思っています。
たとえ、相手が会いたいと思ってなくても「会いたい」って言ってみることも大事だったりします。
変な意地を張って、会わないまま終わるほうがもったいないんですよね。
逆に関わりたくない人には徹底的に会わない。
会う意味がないから。
昨年でしたかね?
いろいろな意味で、人間関係の断捨離と整理整頓が出来たように思います。
後悔しない人間付き合いのほうが、最期涙が出るんです。
だからこそ、そういう生き方を選んでいるんだろうなぁ…と思ったのでした。
さて、今日も楽しんでいこう。
朝の散歩も悪くない。
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