京都に帰って来ました。
人がめちゃくちゃいます。
なんかイベントでもあったんじゃないかってぐらいの人だかりです。
バスを待っている間に、ネットを見ていたら「ほうれんそうのおひたし」というものを見つけました。
Twitter上で流れていたものらしいですが、なかなか的を得ていて面白いです。
あまり知られてませんが、『ほうれんそう』は「(上司への)報告・連絡・相談が大事」という意味ではなく、「(上司側が)報告・連絡・相談をしやすい環境を作ることが大事」という意味で生まれた言葉です。その為に必要なのが後に流行った「怒らない・否定しない・助ける・指示する」の『おひたし』です。
引用:Twitter
「ほうれんそう」(報告・連絡・相談)
仕事などで昔からよく使われている言葉に「ほうれんそう」というものがあります。
これは「報告・連絡・相談」を略したものです。
それは「報(ほう)・連(れん)・相(そう)」を意味しており、仕事をする上でとても重要な基本要素ということです。
【報告】
仕事をする上では常に重要なことや仕事をスムーズに進めるために、上司などに報告する必要が多々あります。
- 打ち合わせでこんな決定があった
- 仕事の進め方がこのように決まった
- クライアントとこんな問題が発生した
- ちょっと問題が発生する可能性が出てきた
- 自分の責任範疇を超えたとき
- 順調に物事が進んでいる
- 社内でこんなやりとりがあった
報告すべきレベルや要素はその会社によって様々です。
また直属の上司のタイプによっても変わってきます。
もちろん、社会人として基本的な報告義務というのもあるかと思います。
会社によっては、人によっては
- 「なんできちんと報告しないんだ!」
- 「そんな報告聞いておらんぞ!」
- 「いちいちそんなこと報告してくるな!」
ほんと、いろいろありますよね。
ただ、そうはいっても、やはり「報告」ということは、仕事にとってはとても重要なポイントになってきます。
そして、報告は問題が起きた場合だけでなく、何も問題が起きていない場合にもそれを報告する必要性がよくあります。
【連絡】
「連絡」もまぁ「報告」と似たり寄ったりなことかもしれませんが、社内にしろお客様側にしろ連絡を密にとる重要性といったところでしょうか。
相手が連絡を欲しいときに適切に連絡をしているか。
仕事だけでなく、遅刻や欠勤などの連絡もそうですが、相手から連絡(催促)が来る前に事前に相手の立場になって考えて連絡をしているかなどです。
【相談】
仕事は、一人では進められないことがほとんどです。
これが、新人なりまだ経験が浅かったり、自分だけで抱えられない仕事や問題が発生したときに、先輩や上司、はたまたお客様などときちんと「相談」すべきことはしているかということです。
仮に自分だけで仕事や問題を解決できると思っていても、より経験値の高い上司や先輩や、周りの別の意見を取り入れることによって、もっと良い解決策が出てくるということはよくありますよね。
それに相談することによって、自分でも気付かなかった問題が見つかることもよくあります。
何でも相談すればいいわけではありませんが、相談しないことによって、物事が滞ってしまったり、解決が遅れてしまったり、問題が更に肥大化するなんてこともあります。
このように書くと「報告」「連絡」「相談」といったものは、要は「コミュニケーション」だということです。
報告でも連絡でも相談でも何でも良いのですが、周りの人としっかりとコミュニケーションを取りながらでないと良い仕事は出来ないし、また周りの人に迷惑をかけることもあるということです。
「ほうれんそうのおひたし」は「ほうれんそう」よりも大切なこと
続いて「ほうれんそうのおひたし」です。
これは先ほどの「ほうれんそう」に続いての「おひたし」です。
前文にも書いた「ほうれんそう」が新人や部下のことを指しているのであれば、「おひたし」はその上の立場の人の役割を指しているようです。
お:怒らない
ひ:否定しない
た:助ける(困りごとあれば)
し:支持する
ネットでの内容を見ると、上司や先輩の立場の上の人が、この「おひたし」を意識することによって、新人などの人たちは早めに相談してくれるので対策が打ちやすいとのことです。
とても重要なことであり大切なことです。
新人や部下の人が、報告・連絡・相談をしたとしても、これを安易に否定したり、むやみやたらに怒ったり、困っていても助けなかったりすれば、当然ながら新人や部下は育たないし良い仕事もできません。
当然、その上司である人にも支障が出るし、会社にとっても良い結果をもたらすとは思えません。
そして、当然ながら、そんな上司の元へは「報告・連絡・相談」なんかしてこなくなります。
内容によっては当然怒られることや手伝ってもらえないこともありますが、何でもかんでも否定されたり怒られていては、まともな「報告・連絡・相談」なんか出来なくなります。
そのようなことを無駄にさせないための「おひたし」です
これを意識している人は決して少なくないようにも思いますが、自分に定着させて常に実行している上の人はあまり居ないようにも思います。
意識していない上の人はまだまだですが、意識していても出来る人と出来ない人が居るということです。
本当は人の上に立つ人間としては、本来備わっていないといけない要素なのだと思いますが、簡単なようで難しいのかもしれません。
但し、先ほども少し書きましたが、社会には新人の人でもそうでない人でも様々な人が居ますし、様々な状況があるわけですから、敢えて逆のこととして「怒る」「否定する」「助けない」「支持しない」ということもあるわけです。
何でもそうですが、安易に白黒つける必要はないし、どちらが正しいかとか決めつけることも違います。
人は一人ひとり違いますし、同じ人でもその時の状況や心境によって「今現在」は何が必要なのかは常に変わってきます。
それは新人でも部下でも上司でも同じです。
でも基本要素としては、やはりこの「おひたし」という度量(どりょう)やおおらかさは、上の立場の人間としては持っていてほしいものです。
そしえ「あえて」必要に応じて使い分けるといったところでしょうか。
最初にこの「ほうれんそうのおひたし」を見たときは何のこっちゃと思いましたが、よく出来ていますよね。
どちらかというと「ほうれんそう」よりも「おひたし」の方が重要です。
上の立場の人が「おひたし」をきちんと出来ていれば、自然と新人や部下も「ほうれんそう」が出来たりするものです。
要は上の立場の人間がきちんと見本となっているかということです。
これは仕事だけでなく、学校の先生や、親と子供でも、なんにでも当てはまるものではないでしょうか?
さて、明日もがんばりますか。
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