さて、昨日は奈良の生駒のとある場所へ行ってきました。
めちゃくちゃ、いろんな人と出会いましたが、やっぱり目的がある人、将来設計をしている人は、見返りを求めない。
どんなときにもあることですが、対人関係で、誰かしらの相手に、ついつい何かを求めてしまっているときがあります。
それは、自分にとって都合の良い事であり、物事が上手く行っていないときなどに、自分以外の「何か」に原因を求めてしまっているときです。
『相手に「思いやり」を求める人は、得てして自分にも「思いやり」が無い』
このようなことは、ボク自身が、たまに気づき、痛感する思いと共に、自分の弱さが何とも情けなく感じたりします。
誰かに対して「くれくれ」状態であり、こちらからは何も与えようとしません。
ここ2021年は、このような心の状態かもな…という人に多く出会ったように思います。
本当に困ったものです。
相手に「思いやり」を求めるとき
相手といっても、それは例えば、親であったり、パートナーであったり、子どもであったり、会社の上司や部下、同僚であったり、友達であったり、恋人であったりなど様々です。
そして、相手に「思いやり」を求める自分の心境としては、大抵物事が上手くいっていないときです。
- 仕事の成果が上がらない
- 仕事が楽しくない
- 仕事が見つからない
- 収入が低い
- 彼氏彼女が出来ない
- 結婚が出来ない
- 家族と上手くいっていない
- 気が合う友達がいない
- 楽しいことが何もない
だから、何か良いこと下さい。
もっと思いやって下さい。
何かしらの物事が上手く行っていないときは、つい「心に余裕が不足している」状態になってしまうものです。
心に余裕が無くなると、誰かしらの相手と「比較」してしまうことが多々あります。
そして、嫉妬からくる恨み辛みから、物事が上手く行っていない原因を「他」に探してしまいがちになってしまいます。
このような場合、自分の非を認めることは難しいかもしれません。
そして、他人に非を求めてしまうことが多々あります。
「相手に思いやりを求める」ということは、物事が上手く行っていないときのSOSであったり、上手く行っていない原因を相手のせい(他責)にしている状況なのかもしれません。
そうはいっても、単に相手が思いやりや配慮が無さすぎる場合も当然あるかと思いますが。
そして、このように相手に思いやりを求めているときというのは、得てして自分自身も相手に対して思いやりが欠けていることがあります。
そんな余裕ありませんから・・・と。
相手は、自分自身を映す鏡
日本のことわざは、よく言ったものです。
相手が自分に不満を持っているときは、自分も相手に不満を持っていたり、自分が相手に良くしてあげれば、相手も自分に良くしてくれる。
まぁ、そんな単純なものではないかもしれませんが。
ただ「相手に思いやりを求めている」ことに気付けたとしたら、逆に自分自身も「相手に思いやりを出しているか?」を注意すべきかと思います。
自分の相手に対する思いやりの無さが反映して、逆に相手もあなたに思いやりを持つ気が失せているかもしれませんし、単にあなたが際限なく求めているだけかもしれません。
冒頭でも書きましたが、私自身はここ近年は何かとついつい不平不満が多かったような気がします。そして相手に何かしらの原因を求めてしまっていました。
つまり相手に思いやりは求めていても、自分からは思いやりを出していなかった気がします。
これでは、逆効果であり、順番がやはり逆なのです。
いろいろ書きましたが、伝わりましたでしょうか?
このブログでも偉そうなことをよく書いていますが、まぁ思いとしては、半分以上は自分自身に向けた言葉でもあります。
やはり、人に何かを求めたり他に責任を探しても、何も解決しないし、物事が良い方向にいくことはないのかもしれません。
ではでは。
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